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アニマガ情報ドットコム

アニメや漫画に興味がある人のための、情報共有ブログです。

高畑勲監督、ウインザー・マッケイ賞受賞&インタビュー紹介

まずは、高畑監督おめでとうございます。

アニメのアカデミー賞ともいわれるアニー賞

そのひとつであるウインザー・マッケイ賞は、いわば功労賞のようなもの。スヌーピーなどに関わったPhil Romanと『トイストーリー』の脚本家であるJoe Ranftoとの共同受賞となります。

そして、このタイミングに合わせたであろう高畑監督へのインタビューがありましたので、そちらもご紹介します。

 

本人はそうと認めないだろうが、日本のアニメーター高畑勲は、アニメーションに最も影響をおよぼすもののひとりである。彼のキャリアは、昨年の長編アニメ作品賞に『かぐや姫の物語』がノミネートされたことにより頂点を迎えた。80歳になる高畑は、フィル・ロマンやジョー・ランフトとともに、今月の6日、アニー賞のウインザーマッケイ功労賞を受賞する。

長いキャリアにおいて、一番の喜びと一番の困難は?

どちらも、私が監督を務めたはじめての劇場長編アニメ―ション『太陽の王子ホルス』(1968)に関係していますね。このプロジェクトは、表現するべき内容という点でも、ストーリーを表現するためのイメージという点でも、とても難しかった。私は未熟な監督でしたし、宮崎さんも含めてスタッフの若かったので、これは大挑戦でした。東映アニメーションは、『ホルス』を高校生や大学生や大人といった、アニメ―ションに興味を持っていなかった人に向けて作るべきだったんです。しかし、その努力をしなかった。東映は、いつも通り子ども向けアニメ―ションを作るやり方をとった。そのせいで『ホルス』は子どもにはわかりづらい作品になってしまい、ヒットしませんでした。私は、しばらくの間、助監督に降格されました。

しかし、時が経つにつれ、この作品の評価もじょじょに高まりましたね。大人向けアニメ―ション映画のパイオニアと見なされ、東映の抜本的で新たな試みの地位を獲得しました。作品内の革新的なイメージ表現は高く評価され、日本のアニメ―ション映画に大きな影響を与えました。私にとっても、才能をつぎ込んでくれたスタッフにとっても、これが一番の喜びです。『ホルス』が公開されてから38年後、宮崎さんのアトリエに百人近くのスタッフが集まりお祝いをしたんです。あの苦しくも楽しい日々を思い出して、みんなで喜びました。

アニメ―ションに起こった変化で、あなたが一番喜んだことと苦しんだことは?

コンピューターの進歩には喜びと悩みがあります。コンピューターの進歩により、以前はできなかったことが可能になりました。これは将来にわたって続くでしょう。コンピューターがなければ、『かぐや姫の物語』のような表現はできないでしょうね。これはすばらしい進歩ですし、私にとっては喜ぶべきことです。

しかし、あまりにもコンピューター頼みになる傾向もあります。これは表現のモードの多様性を減らすことにつながっているのです。私にとって、これが最も悩むべきことです。

アニメーションの未来に望むことはなんでしょう?

アニメ―ションには無限の可能性があると思います。それがすばらしいものかそうではいかはわかりませんが。音楽であれドラマでれ絵画であれ、すべて芸術というものは無限の可能性を持っています。しかし、この無限の可能性が人々を楽しませる多くの作品を産みだすための力になるかどうかは、誰も知らないのです。

スタジオジブリは世界的なアニメ映画を公開していますね。ジブリの成功の鍵はなんだと思いますか?

 スタジオジブリ宮崎駿の才能に頼り、彼に自由な創作を許しています。成功した第一の鍵は、宮崎駿が本物の天才だったということです。彼の創造性は誰もが認めているにもかかわらず、彼の表現は抽象的すぎるままです。彼の作品のイメージは大衆を魅了し、誰もが楽しむことができるものです。彼は、自分の作品の商業的な面や娯楽的な面を無視しないように気をつけています。そのうえ、彼のそばには、驚くほど才能のある鈴木敏夫プロデューサーがいるんです。すばらしいプロモーションによって宮崎作品の楽しみ方を教えるてくれる達人ですよ。残念ながら、私は宮崎さんのような天才ではありませんでしたが、ジブリは私の作品を評価してくれて、宮崎作品と同じように扱ってくれました。

長年の付き合いである宮崎駿さんについて話してください。二人の関係性はお互いの作品に影響を与えたと思いますか?

若いころの過酷な仕事を通じて同志になりましたね。新しいアニメーション映画を作るためにお互いの作品で協力しましたから。

我々の作品には、現実のような世界と現実的な描写を作る必要があるのだという確信が、二人にはありました。これは空想的な特徴を持つ作品にとっては当然です。しかし、人々が空想的なストーリーの存在を信じられることも必要不可欠なのです。現実には起こりえないものへの大跳躍は、現実という立脚点に立つことによってのみ成功するのです。

空想的な特徴はしだいに私の作品から消えていきました。一方で、宮崎さんの作品はますます空想的なものでいっぱいになりました。それにもかかわらず、作品世界や、その自然現象や、そこを動き回るキャラクターを構築する際は、現実的に描写すべきだとい考えについては、同じ意見を持ちつづけていました。

宮崎さんの作品はとても魅力的だったので、自分の作品には彼の作品にはないような魅力や表現を見つけるべきだと思っていました。その点でも、高畑は宮崎に大きな影響を受けたんだ、といわれてしまうかもしれませんが。

身近な自然を愛するという態度や、反核兵器や九条改憲への反対という政治信念についても、我々は共有しています。

喝采を受けた映画『おもひでぽろぽろ』は1991年に日本で公開され、まさに今、『Only Yesterday』という題でアメリカの観客の元へやってきています。『おもひでぽろぽろ』を作ったときから、あなたの創作スタイルはどのように変わったと思いますか?

正確にスタイルということをお聞きなら、絵のスタイルは多くの点で変わっていますよ。私自身、自分では絵が描けないという点が長所だと思っています。数年間、セル・アニメーションのシンプルで真平らな絵を向上させたいと思っていたんです。しかし、三次元性と実存性という3DCDのメソッドを使って解決するようなことはしたくなかった。人々の想像力を刺激し芸術性を高めるために、「削減」すなわち、あらゆるものを描くということをしないというメソッドで解決したかったのです。私の主張としては、このメソッドは日本において適用されうるし、されるべきだということでした。12世紀の鳥獣戯画から始まり、水墨画や浮世絵やマンガに至るまで、長い絵画の伝統から生み出されたものなのですから。これは後に、『となりの山田くん』(1999)や『かぐや姫の物語』(2013)ではっきりと気づいたことなのですが、実際には、『おもひでぽろぽろ』の回想シーンでフレームに空白を残すことで、なんとか実践しようとしました。

かぐや姫の物語』が最後の映画であるといわれています。そうなってしまうのでしょうか? また別の物語にインスパイアされるとは思いますか?

頭の中にはいくつかのプロジェクトがあって、それを実現させるため動いてはいるんですが。最終的に映画になるかどうか、私も含めて、誰にもわかりませんね。

 

アメリカでは、『おもひでぽろぽろ』は劇場公開されず、ソフトのみが販売されていました。それが、おそらく『かぐや姫の物語』のアカデミー賞ノミネートのおかげで、吹き替え版の劇場公開が決定したわけです。

ちなみに、ヒロインの声を担当するのは、『スターウォーズ フォースの覚醒』でヒロインを演じたデイジー・リドリーということで、ちょっと注目されています。

映画の評価を投稿できるRotten Tomatoesでも、いまのところ高評価。

Youtube英語版の予告編がありました。